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平成26年11月に創価学会の教義条項が変わりました
日蓮大聖人様は『四条金吾殿御返事』に、
「まことに聞き受くる如くに大難来たれども「憶持不忘」の人は希なるなり。
受くるはやすく、持つはかたし。さる間成仏は持つにあり。
此の経を持たん人は難に値ふべしと心得て持つなり」 (新編775㌻)
と仰せられていますが、創価学会では今回の会則変更で、大聖人様の精神とは全く正反対の答えを出しました。
その説明として聖教新聞紙上に、「弘安二年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と発表しました。
これは、創価学会の前身である創価教育学会が昭和5年に設立されて以来、80数年にわたって会員が等しく信仰の対境として尊崇してきた、宗祖日蓮大聖人弘安2年10月12日所顕の本門戒壇の大御本尊を放棄することを意味します。
信仰の世界において、礼拝の対象となる本尊は最も重視されなければなりません。
今回の会則の改変は本当に正しい判断だったのか、本当に原田会長のすすめる体制を信じ、このままついていってもよいのか、成仏が叶うのか、これまでの歴代会長の言葉や、創価学会の出版物の言葉を読み、今回の改変について説明をした、
・原田会長(平成26年11月8日付 聖教新聞)・
・創価学会教学部の解説(平成27年1月29日・30日付 聖教新聞)
と照らし合わせてください。
日蓮大聖人の御魂である御本尊を、「今までは今まで、これからはこれから」と簡単に変えてしまってもよいのか、いま一度よく考えてください。
H26,11,8付 聖教新聞
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