top of page

 顕正会 黒石会館の本尊は本物でしょうか?

 第26世日寛上人『文底秘沈抄』
 「『仮使発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳猶多し、若し正境に非ざれば縦い偽妄無けれども亦種と成らず』等云云。故に須く本尊を簡んで以て信行を励むべし」

 

 正しい御本尊に手を合わせてこそ功徳をいただけるのであって、どんなに真剣に手を合わせても、本尊が間違っていれば、なんの功徳もないことは、日寛上人が仰せられるとおりです。
 

 浅井会長のこれまでの指導を時系列にみて、黒石会館安置の御本尊の真偽を確認してみましょう

 

① 本部会議における浅井会長指導 昭和60年2月23日(顕正新聞 昭和60年3月15日号)
 「顕正会で護持している御本尊は、すべて日蓮正宗妙縁寺住職・松本日仁尊能師より授与され、私が護持申し上げてきたものである。(中略)妙信講に解散処分が下された時、私は松本尊能師に将来の広布推進のため、御本尊を大量に御下げ渡し下さるよう願い出た。松本尊能師には私の意をよくお聞き下され、自ら護持されていた大幅の常住御本尊七幅と、日寛上人書写の御形木御本尊数百幅を私に託して下さった。
 この七幅の常住御本尊とは、二十八代日詳上人・五十四代日胤上人・五十五代日布上人・五十六代日応上人・六十代日開上人・六十四代日昇上人等の歴代上人御書写の御本尊であり、このうちの日布上人書写の御本尊が高知会館に御安置されたのである。
 また御形木御本尊については、宗門の全末寺において昭和四十年までは日寛上人の御本尊が下附されていたが、四十一年からは日達上人の御形木御本尊に替わった。
松本尊能師は四十年以降この日寛上人の御形木御本尊を妙縁寺に秘蔵しておられたが、私の願い出により、これをすべて託して下さったのである。
 いま、顕正会において、地方における入信勤行の際に幹部が奉持する御本尊も、また地方拠点に御安置される御本尊も、みなこの日寛上人の御本尊様である。」

 

 《ポイント》
1、御本尊の由来について細かく説明しています。
2、顕正会で護持している御本尊は、すべて松本日仁師から授与されたもの。
    ◎常住御本尊は7幅(日詳上人・日胤上人・日布上人(2幅)・日応上人・日開上人・日昇上人の御本尊)
    ◎御形木御本尊は日寛上人の御本尊が数百幅
3、日布上人の御本尊は1幅は高知会館に御安置されたようです。

 

 

② 松本日仁元住職第17回忌法要における浅井会長講演 (顕正新聞 平成5年6月25日号)
平成5年6月15日
「尊能化は、『妙信講が広宣流布の御奉公をするのに、御本尊がなければ困るでしょう』とおっしゃって、日寛上人の御形木御本尊を大量に、私に託して下さった。
 実は昭和四十一年以降、宗門では末寺で授与する御本尊を、日達上人の御本尊に替えたが、それ以前の三十年代には、どの末寺でも日寛上人の御形木御本尊を授与していたのです。松本尊能師はその日寛上人の御本尊を大量に蔵しておられ、それを私に託して下さったのであります。
 そのほか、本部会館安置の御本尊を含めて、歴代上人の大幅の常住御本尊七幅も、お渡し下さった。」

 

 《ポイント》
1、前回、昭和60年に御本尊様について細かく説明してから約10年、以前とほぼ同じ内容で、常住御本尊は7幅、御形木御本尊は日寛上人の御本尊が大量と説明しています。
2、宗門から離れて20年もたち、本山から新しい御本尊が下付されることもないわけですし、御本尊様は信仰の根本です。もちろん勝手に作るわけにはいきませんから、この説明は当然のことと言えます。

 

 【常住御本尊と御形木御本尊について】
「常住御本尊」とは、歴代上人直筆の御本尊のことで、各寺院において葬儀の際に奉掲される導師御本尊も全て常住御本尊です。「御形木御本尊」とは、歴代上人の御本尊を版木におこして印刷した御本尊で、どちらも御法主上人の允可によって下付され、末寺の住職が自由に作成したり下付されたるすることはありません。

 

 

③ 横浜会館 開館式における浅井会長講演 平成6年11月23日(顕正新聞 平成6年12月15・25日号)
「この三階の礼拝室にお出ましの御本尊様は、あの行体堅固の徳高き、総本山五十五世・日布上人が大正二年九月、七十九歳の時に書写あそばされた御真筆された御本尊様です(中略)二階の第一集会室と第二集会室に安置し奉った御本尊様は、同じく日布上人が大正五年十二月、八十二歳のとき御書写の御形木御本尊であります(中略)いずれの御本尊も(中略)松本日仁尊能化が、『将来の顕正会の広宣流布の戦いのために』と、私に託して下さった御本尊であります」        

 

 《ポイント》
1,①の指導にあるとおり、2幅ある日布上人の常住御本尊のうちの1幅は高知会館に御安置されていますが、もう1幅はこの時に横浜会館に御安置されたようです。
 ということは、各地の会館にある日布上人の御本尊は、はじめからあった日布上人の常住御本尊とは別のものということになります。
2,それと同時に、日蓮正宗から離れて20年間も経ってから、今まで存在していなかったはずの日布上人の御形木御本尊が、第一集会室・第二集会室の2カ所に突如としてあらわれました。
 顕正会で所持している御形木御本尊は、①と②の指導にあるとおり、日寛上人の御形木御本尊のみだったはずなのですが、何の前触れもなく、ここで唐突にでてきた形になります。
3,そしてこの日布上人の御形木御本尊も、松本師が託してくださったものだとのこと。
 ではなぜ、はじめから日布上人の御本尊を所持していることをいわなかったのでしょう?ここら辺からすこしおかしいですね。

 

 

④ 本部指導会における浅井会長指導 平成11年4月12日 (顕正新聞 平成11年4月25日号)
「ここに、松本尊能化は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人の御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並びに日布上人の御形木御本尊を多数用意して下さったのであります。(中略)私は、この異常事態の宗門の中で、ひとり顕正会だけが、あの清らかな日寛上人・日布上人の御本尊様を拝めるということ、こんな有難いことはないと思っております。」 

 《ポイント》
1,③の横浜会館以降、新しい会館には、日布上人の御形木御本尊が安置されるようになりました。
2,御本尊を作成する権限のない末寺の住職の松本師が、会館に御安置するような大幅の日布上人の御形木御本尊をなぜ所持していたのでしょうか?何のために?
3,そのような御形木御本尊が存在していたというのなら、妙縁寺以外の末寺にも同じ御形木御本尊があって当然ですが、日布上人の大幅の御形木御本尊は顕正会の所持しているもの以外には存在しません。
 この御本尊の出所はますます不明ではありませんか?
4,そして創価学会を責めている顕正会ですが、創価学会が犯した大謗法である“ニセ本尊の作成”についてだけは口を閉ざしたままでいる。ということは・・・・?

でも、信心強盛な顕正会員の方ならこんなふうに思うでしょう。
「浅井先生は所持している御本尊をはじめから全て明かさないで、はじめから持っていた御本尊を、時期を見て私たちに公表して下さっているのだ」

本当に大丈夫でしょうか?     

 

 

⑤ 平成15年2月15日『顕正新聞』
「また顕正会で格護する日布上人・日昇上人の四幅の導師曼荼羅について等、大事な指導を長時間にわたってなされた」

 

 《ポイント》
1,今まで一度もでてこなかった日布上人・日昇上人の導師曼荼羅4幅が突如としてでてきました。
2,導師曼荼羅とは、葬儀の際に奉掲する御本尊で、そもそも導師御本尊は寺院に下付されるものです。なぜ顕正会にあるのでしょうか?さらに四年後…

 

⑥ 平成19年10月5日『顕正新聞』
「ゆえに私は、将来大規模な広宣流布の戦いに備えて、地方会館に安置し奉る大幅の日布上人の御形木御本尊と、自宅拠点に懸け奉るべき日寛上人の御形木御本尊を、松本尊能化にぜひ用意してくださるよう。敢えて願い出て、これを授与して頂いたのであります。このとき更に松本尊能化は『大日蓮華山大石寺』の脇書がある導師曼荼羅の御形木御本尊まで、六幅授与して下さったのであります」

 

 《ポイント》
1,導師曼荼羅が2幅増えてます。どんどん増えますね。
2,また導師曼荼羅は、松本師が授与したとのことですが、そもそも導師曼荼羅の御形木というのは存在しません。御法主上人が導師御本尊の御形木作成を許可することもありません。
松本師が勝手に作成したのであれば偽造本尊であり、顕正会が作ったとしても大きな問題です。

 

 【 ま と め 】

 

 《 はじめは… 》
 ◎常住御本尊…7幅(日詳上人・日胤上人・日布上人(2幅)・日応上人・日開上人・日昇上人の御本尊)
 ◎御形木御本尊…日寛上人の御本尊が数百幅

 

 《 平成19年10月時点では… 》
 ◎常住御本尊…7幅(日詳上人・日胤上人・日布上人(2幅)・日応上人・日開上人・日昇上人の御本尊)
 ◎御形木御本尊…日寛上人の御本尊が数百幅・日布上人の大幅の御形木御本尊(数は不明)
 ◎日布上人・日昇上人の導師曼荼羅(御形木)4幅→『大日蓮華山大石寺』の脇書がある導師曼荼羅(御形木)6幅

 

・随分と増えました。増えたのは全て御形木御本尊です。常住御本尊は真筆ですので自分で作るわけには行きませんが、 
 御形木なら物理的には偽物を作ろうと思えば許可なくいくらでも作ることができます。これはもちろん大謗法です。

 

(日蓮大聖人の仏法 折伏理論解説書(H23版)68ページ)

 「日向・日頂等は御本尊の尊厳がわからなかったために、大聖人御直筆の御本尊を「御形木に彫む」すなわち版木におこして印刷し、それを信心もない輩に軽々しく授与していたのである。まことに不敬の至りである。」

 

と浅井氏も言っているではありませんか。

 顕正会が作成したにしても、松本師が作成したにしても、勝手に作った血脈の途切れているニセ本尊に他なりません。

 顕正会員の方の中には、「会館の本尊が何であっても自分は戒壇の大御本尊を思い浮かべて遙拝勤行をしているから構わない」という方もいますが、それはニセ本尊を認めているということです。

「所詮、正しい道理と文証に裏付けられぬ現証は、ごまかしにすぎない」(同296ページ)

とあるとおり、遙拝勤行をして功徳・現証を感じたとしても、理証・文証に裏付けられないニセ本尊を拝んでいる以上、それはごまかしでしかありません。
 自分の身近な会館の御本尊さえ偽物だというのに、「本門戒壇の大御本尊をお守りする!」「国立戒壇の建立!」などと声高に叫んでもなんの意味もありません。
 今すぐ日蓮正宗の寺院へ参詣し、戒壇の大御本尊へと血脈のある本物の御本尊様に手を合わせてください。

 

bottom of page